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 大呑地区には、人々が忘れつつある日本の原風景が残されています。この原風景こそが宝の山です。この資源を再認識し生かしていくことが地域の活力となることでしょう。
 
 

  馬頭観音堂 

七尾市山崎町部二十五番地  Map 


2000年10月15日御開帳のとき

仏前の人達は、春と秋に観音堂で『お講』をつとめ、当番の家で『お斉』が行われています。 2000年10月15日には、50年ぶりに御開帳がなされ、多くの参詣者が訪れました。

七尾市史13 民俗編より

6 熊淵町 仏前観音堂御開帳
 2000年の10月15日に仏前観音堂の御開帳があった。
  これが 新聞に予告されたのと、天気が良かったので二百人程の参詣 人が集まった。>

 蝋燭二人・花持ち四人のお稚児さんを先導に 氷見市長坂光西寺(武田家寺)と山崎町光円寺の両住職が十 時九分に堂に到着。十二分に武田静夫さんの開会の挨拶、一 同合掌で開帳されたのは十五分、光西寺のお経に続き光円寺 の正信偶を一同合唱して四十五分に終わる。

後に田川文化財 審議会会長が開帳と観音堂の話を一時間程行って終了する。


 

□◆□ 参考 □◆□

馬頭観音とは

馬頭観世音菩薩とは六観音のひとつです。インド神話に登場するヒンズー教の最高神のひとり,毘紐拏(びしゅぬ)が馬に化身して,悪魔に奪われたヴェーダ(インド最古の聖典)を取り戻したという説話が起源となったといいます。一切の魔や煩悩をうち伏せる働きをするとされますが,これは馬が周囲の草をむさぼるように,人間の煩悩を食べ尽くして救済するということのようです。わが国では奈良時代以降に信仰されるようになったということです。

民間信仰の発生

 さて馬頭を頂いた観音様の姿を見て,馬とともに生活する人々の中に,馬の無病息災を祈る民間信仰が生まれました。農家では農耕馬の,馬の産地では生まれ育つ仔馬たちの,そして馬稼ぎの人々にあっては馬と歩む道中の安全を祈ったり,また道半ばで力尽きた馬の冥福を祈ったり,そんな理由で馬頭観音は作られたのでしょう。中部地方でも信州中馬街道に沿って,あちらこちらに石の馬頭観音が残されています。

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